夏ごろに読んだ、安藤寿康先生の『教育は遺伝に勝てるか?』。
内容としては、遺伝の影響を受け止めつつ、遺伝の誤解を正しつつ といった感じ。わたしが思っていたよりも遺伝の影響は大きいということもあって、衝撃を受ける一冊だった。
読んでいて、シビれた一文。
『親がどのような子育てをしようと、子どもはその中から、その子の遺伝的素質を通して取り入れられるものを取り入れ、そうでないものには距離を置いて、その子自身の心で自分の人生を築き上げている。』(第4章末尾から抜粋)
子育ての真っ最中だからこそ、「育成してる感」を感じる場面が少なくないんだけれど、それ(環境)は、全てではないということ。実は個人が惹かれる惹かれないには遺伝的な素質がいくらか関係しているかもしれないという話だった。
例えば、4歳の娘は絵本が好きで、毎日たくさん読んでほしいとせがむ。最近では 4歳の娘だけではなく、1歳の息子も。
息子は乗り物の類が大好き。月齢に合ってないような絵本でもなんでも構わず、乗り物の絵が描いてある絵本を持ってきては、読んでよ、と、絵本をぐっとこちらへ押し込んでくる。
これまでは絵本の読み聞かせをしたから、絵本が好きになったんだと思っていたけれど、そもそも本人たちの中に絵が好きなのか、親に読んでもらうというアクティビティとして絵本が好きなのか、何かしら絵本というものに惹かれる要素があったのかもしれない。という新しい見方を得た。
人には人の乳酸菌、ならぬ、人には人の遺伝的素質。
そして、これを読んだ後にもう一冊。
ロバート・プロミン著『こころは遺伝する DNAはいかに〈わたし〉を形づくるか』について。
行動遺伝学の世界的な権威 ロバート・プロミン氏。先ほどの安藤先生よりも、一歩踏み込んで 遺伝の影響について触れている印象で、遺伝がその人らしさを作っている、というかほぼ遺伝子!くらいの勢いに、面食らってしまった。
そうなると、優生学に通じるのではないかと批判を受けそうだけれど、そこはそうではなく、優れている劣っているという概念から、開放されて、まったく新しい価値観を授けてくれる内容になっていた。
本当の意味で、個性を尊重するということは、一体どうゆうことなのか、考えさせられたし、「子どもは親が望むどんなかたちにもできる粘土の塊ではないという認識をもつことが重要」という一文が出てくるのだけれど、これはこれから子どもとの向き合う上で大きな支えになるワードだと思う。
この二冊を通して得た教訓としては、子育てについて、沼にハマりすぎないように。親の育て方に重たい責任があるかのように思うけれど、肩の力を抜いて、純粋に子ども過ごす日々を楽しみたいと思う。なんだったら精一杯楽しむことを頑張るくらいの方が良いなあと思う。
自分の人生について考えるとすると、個人が何に惹かれて何に喜びを見出すのかについては遺伝の力は侮れないし、それであれば、これから先の人生でも惹かれそうな確信があることについては、手放さずに大事にしていこうと。
文章を書くのは楽しい。記事をアップするのは大変だけれど、書きたいことが溜まってきているときよりも、コンスタントに出せている時の方が調子が良い(メンタル面)から、このブログはきっと長く続けることになると思う。なんだったら20代から始めていればよかったなあ、20代でなにを考えていたかについて書き残していれば、後から読み返して面白かったのになーと思う。
最近気が付いたことで言うと、海に行くのが好きで、庭いじりが好きで、散歩が好きで、この共通点はゆるく体を動かしながら日光を浴びることが好きなのだということ。日焼けは嫌いなのに!狭い庭だけど、思い切ってテーブルとイスのセットを買って常設するのもいいかもしれないなあ、なんて。
中学生からなんだかんだ続けている吹奏楽は 悩みどころ。ハマると突き詰めないと気が済まない性格なので、最近は練習時間が取れてなくて行くのがツラい。プレイヤーとして続けなくても、音楽を聴くことを楽しむということでもいいのかなあ。
あとは体作りについても興味があるので、これはまず始めなければと思って、ヨガのレッスンを申し込んでみた。週1回 夜の寝かしつけが完全に夫任せになるけど、力を抜いた育児への第一歩かな。



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